昇龍と私 ~名鏡~
- 2017年04月16日
- テーマ: 昇龍と私
3日ぶりの「昇龍と私」
初回~3回目まで全員広報部。
ということで、4回目の今日も広報部最後のメンバーを紹介しちゃいます☆
エイサーとの出会い
こんにちは!新人メンバーの名鏡です。
以前、用賀小学校の紹介記事でも登場しています。
今日は、エイサーとの出会い、昇龍との出会いを書きたいと思います。
用賀小学校へ着任
私がエイサーと出会ったのは、社会人1年目、用賀小学校の教員として着任し、3年生の担任になったときでした。
用賀小学校の運動会では毎年、3年生~5年生が伝統芸能を取り入れた民舞を行うことが恒例となっています。
担任によっても変わりますが、5年生の演目がソーラン節(よさこいソーランになることも)、4年生は花笠であることが多いです。
そして私が担任した3年生でも毎年の例に漏れず、沖縄のエイサーを披露することになりました。
当時の校長先生からは、学年の他の先生とともに「エイサー人事だから」と冗談交じりに話されたのですが、私は「エイサー?何それ?」という状態で、エイサーについて全く何も知りませんでした。
昇龍祭太鼓との出会い
エイサーについて何も知らなかった私は、同じ3年生の先生と2人で運動会の練習が始まる前に、昇龍祭太鼓に曲を教わりに行くことになりました。
今思えば、それが私と昇龍の初めての出会いでした。
当時ビデオを撮影させてもらったのですが、見返してみると演舞してくれているのは、美織さんと美月さん!
しかし、当時の私は初任者です。
「用賀小にはエイサーチームがあって、そこに毎年指導に来てくださっているのが昇龍祭太鼓。今はそこに運動会の曲を教えてもらいに来ている」
と認識する余裕はありません。
なんとなくエイサー団体に「運動会の曲を教えてもらいに来た」というのが、その時の私の理解でした。
用賀小エイサーチーム
そうして運動会を無事に終えた後、新宿エイサーまつりに向け、用賀小エイサーチームの練習も始まりました。
私は「学校の仕事が分かるまで参加しない方がいいよ」という先輩の助言を受け、1年目は運営には携わりませんでした。
しかし、新宿エイサー当日、旗持ちとしての参加をお願いされ、そこで初めてこのイベントの大きさを知りました。
次の年からは、用賀小エイサーチームに参加させてもらい、当日も隊列に加わって演舞するようになりました。
ただ、「昇龍祭太鼓の水野さんが指導にいらっしゃる」という日には、なぜか毎年必ず校務が入り、練習で一緒になる事はありませんでした。
昇龍祭太鼓へ入団
そうしていくうち、エイサーチームに関わっていた教員が異動。
8名いた担当教員が3名になってしまうという危機的状況に陥り、私が昇龍祭太鼓に入団した、というのは、前回私が担当した記事に載せた通りです。
学校では指導する立場の自分ですが、昇龍祭太鼓では、まだまだ新人です。
昨年、一度だけ新宿エイサーまつりで太鼓の打ち手として出演させていただきました。
ですが普段は、先輩方の迫力のある演舞に、フェーシを添えることでしか力になれていません。
いつか必ず同じ舞台に立てるよう、練習に励みたいと思います。