ヒジャイグムン
- 2017年06月15日
- テーマ: 昇龍祭太鼓のあれこれ
今日は、昨日紹介した昇龍のシンボルマークについての続編です。
昨日はデザインのお話でしたが、今日はそのデザインの中心にあるヒジャイグムン(左巴)のお話。
ヒジャイグムン(左巴)
昇龍祭太鼓のシンボルマークには、栄華を築いた琉球王国の象徴であるヒジャイグムン(左巴)が中心に描かれています。
そのヒジャイグムン(左巴)を中心に龍が勢いよく天に向かって昇っていく姿を組織の飛躍と発展を意味して作られました。
実は、この左巴の「三つ巴紋」は、三山時代を集結させ、琉球王国を誕生させた「尚家」の家紋。
その昔、琉球は「南山」「中山」「北山」と3つの勢力が割拠する三山時代と呼ばれる時代がありました。
15世紀に入り、この三山を統一し、琉球王国を誕生させたのが佐敷(今の南城市)の豪族「巴志」
1429年に琉球王国の誕生と共に明の皇帝「尚」の姓をもらい、「尚家」が誕生。
その「尚家」の家紋がこの「三つ巴紋」だったんですね~
尚家へ
昇龍祭太鼓を立ち上げる前、沖縄に帰郷し「尚家」の末裔にあたる桃原農園の社長である尚さんを訪ねました。
訪問の目的は「尚家」の家紋でもある「左巴」をシンボルマークのデザインに使用する許可を貰うため。
訪問した際には、
「家紋をそのまま使用する訳ではなく、デザインの要素が入っているため問題はないですよ!」
と快く許可を頂くことが出来ました。
さらにその旨を東京にいる尚家の本家の方にもご報告してくださるとのこと。
その他にも雑談を交えいろいろな話をしている時に、ヒジャイグムン(左巴)に関するあるエピソードも聞くことができました。
ヒジャイグムンのエピソード
1985年に沖縄県北中城村喜舎場にオープンしたシェラトンホテル(現EMウェルネスリゾートコスタビスタ沖縄ホテル&スパ)で、沖縄の雰囲気を演出する為、1階のメインロビーでも「尚家」の家紋を使用させてほしいと依頼があったそうです。
ですが、オープン前に現地を確認した際、ヒジャイグムン(左巴)が使われていたのは、メインロビーの真っ赤な絨毯。
尚家の家紋が、最も人の行き交うメインロビーの絨毯に使用されているのを見て、尚家からはNGが出てしまい、絨毯の変更が行われたそうです。
まぁ、家紋を赤の他人が踏んで歩くのは、普通に考えたら嫌ですよね。
さらに、この尚家の紋章は王家の支流であっても、「三つ巴紋」をそのまま使用することは許されていないそうです
沖縄の歴史
最近、尚家に対して関心を持ちいろいろ調べています。
沖縄にいた頃は特に気にしたことはなかったのですけどね。
沖縄を離れ東京の生活が長くなり、原点回帰からか、沖縄の歴史を学びたいという気持ちが強くなりました。
前述の通り、1429年の尚巴志による統一で琉球王国が形成されていき、後に琉球王国は滅亡、尚王家は東京移住を強制され、千代田区九段北で生活していたそうです。
尚家の多くの遺産が東京に移され、そのおかげで戦火を逃れました。
尚家継承文化遺産は、尚家第22代当主故尚裕氏によって戦中、戦後の長期に渡り守られ、戦火を逃れた古文書や美術工芸品は1996年に沖縄の那覇市に無償贈与されたそうです。
現在では、数々の品物が国の重要文化財として指定されています。
重要文化財として指定される前、尚家の宝は尚家の個人所有物でした。
美術品・古文書だけではなく、世界遺産となった識名園や玉陵、崇元寺などの不動産も尚家が所有していたそうです。
首里城には復元された物もいろいろあります。
県立博物館には、王座の椅子や装飾品等をはじめとする尚家の美術工芸品が多数あります。
それを見るだけでもワクワクします。
その感動を公演などでお届けできるように、先人らが使用していた物を自ら作成し、使ってみたいと考えています。