ミルクムナリ棒術 其の弐
- 2018年01月17日
- テーマ: 棒術
今年の1月1日に公開となった昇龍祭太鼓オリジナルPV第2弾「ミルクムナリ」
そこで正式にお披露目となった棒術演舞。
その演舞を考えてくださった川上さんにより、昨年末にお届けした「ミルクムナリ棒術 其の壱」
皆さん覚えてますか?
ということで、本日は続編をお届け♪
探り足〜交差立ちで横受け
前回は礼の動作について解説しました。
今回はその後の動作について説明します。
礼の後に棒を両手で抱えながら重心を落とし、左足を前方に滑らせ(探り足)、棒は左下段に払うと同時に右膝をあげて前方へ進み、足を交差させて横受けをします。
これは、泊地方に伝承されている沖縄空手の「泊パッサイ」という型の動作から着想を得ています。
そして、ミルクムナリ棒術におけるこれらの動作は、中国や日本、東南アジアなどの文化が那覇の“泊港”を経て琉球にもたらされたことを表現しています。
▲海は各国の友情を結ぶ橋(2013年 神奈川)
足を交差して横受けをする姿勢は縦に長い立ち方になります。
これは、南北に長い沖縄を意味し、交差した足は、沖縄南部の泊港で琉球と諸外国の文化が交錯したことを表現しています。
横受けした時の棒は、正面のお客さんから見れば北東から南西にかけて一本の線となり、沖縄が本島から与那国島まで南西に広がる諸島群であることを表しています。
ちなみに、演舞者の頭部は沖縄本島北部の“国頭(くにがみ)”を意味しています(笑)
▲人間沖縄諸島(2017年 昇龍稽古場)
文化交流の要衝 泊港
さて、ここまでの説明で泊港が出てきましたが、かつての琉球では、泊港が最も重要な表玄関だった時代がありました。
那覇港が開港する以前は、泊港が国港だったのです。
そのため泊村には、公館として“泊御殿(とぅまいうどぅん)”が設けられ、そこで奄美大島や宮古島、八重山諸島などの事務が執られました。
また、各諸島からもたらされた貢物などをおさめる“大島倉”も設置され、往時は大変な賑わいを見せたものと推察できます。
▲国際色豊かな村だったに違いない(2016年 ロシア)
さらに、中国などの漂着人を療養する施設もあったようです。
そうした漂着人の中には拳法の達人もいて、直接教えを受ける村人もいたとか。
沖縄には「泊村の人は片足でも武士」という言葉が残っています。
実戦的な強さが相当なものだったことをうかがわせます。
諸外国の拳法や文化を直接伝承できたのも、泊港が文化伝承・発信の要衝として栄えていたからにほかなりません。
▲各国の建築技術の融合をみたクレムリンにて(2016年 モスクワ)
沖縄芸能の新たな潮流を杉並から!
昇龍祭太鼓の本部がある杉並区は、著名な文化人・芸能人と縁の深い地でもあります。
その、文化の薫りも高い杉並の地から、往時の泊地方・那覇地方に負けないぐらい、日本中、否、世界中に沖縄文化の素晴らしさを伝えていけるよう、一同力を尽くしてまいります。
旭川支部、タイ支部のメンバー共々に手を携えて、沖縄芸能界に新たな価値を創造しゆく揺籃となるよう、朗らかに前進していきたいと思います!
▲応援よろしくお願いします☆(2013年 池袋)
川上